DYM

-2016年新卒内定者紹介サイト-

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出身大学 / 立教大学 経営学部

いつか海の見える6LDKに住んで、ハーレーに乗る

誇れること


  • バスケ全国大会ベスト16
  • アレルギーが無い
  • 沖縄出身

私の学生生活

     

私が学生時代に力を入れたことは部活動とゼミ活動です。部活動では小学3年生から続けてきたバスケットボールを日々厳しい練習に励み、身体を鍛え文武両道に励んできました。三年時の夏には東京都民大会に先発メンバーとして活躍し、見事優勝を納めました。その他リーグ戦にも出場し、チームでおなじ目標に向かって努力し、試合に勝つ喜び、負ける悔しさを共に分かち合ってきました。今でも良い思い出です。ゼミ活動では、学外で行われた全国スポーツコンペにゼミ代表で夏と冬二回参加し、プレゼンターを務め入賞することができました。このように、勉強はもちろんのこと部活動とゼミ活動にも積極的に参加し文武両道を常に意識して、大学四年間を過ごしました。部活と学校の両立でなかなか時間もなかったですが、そ中でもアルバイトでお金を貯めつつ、友人と旅行に行ったり、遊びに行ったのも思い出です。自分次第で厳しい環境でも全力でやりきり楽しみを見出すことは大切なんだと学生時代で感じることができました。

人生で最も頑張ったこと


私が人生最も頑張ったことは、バスケットボールです。14年間やってきたので、生活の一部のような感覚です。バスケを中心に生活をしていたので、やはり人生において一番頑張ったことだといえます。バスケットボールを通して、多くの学びがありました。チームスポーツなので、周りを思いやる気持ち、時には自己中な部分も出さなきゃいけない場面もあるので、そのバランスは難しかったです。中学校から県の選抜選手に入ったことで、常に全国大会に出場し、高いレベルでプレーできたことは誇りに思います。挨拶や礼儀、感謝の心を持つことの重要性など、バスケットですべて学んだことなので、本気で頑張ってきてよかったと思います。また、高校での寮生活は色々大変でしたが、今になって良い経験だと感じます。どのスポーツにもかぎらず、一つの物に対して全力で取り組んだ経験は、結果に限らず人間形成において大きな影響を与えると自分経験から感じることができました。

就職活動中のエピソード


私は、就活中の生活をすべて習慣化していました。そうすることにより、すべて効率よくするために行動するようになります。解禁の前に私が心掛けていたのは、とにかく人と会うことです。OBOGの方と合うことで、その会社の雰囲気や、自分が働くところをイメージしていました。バイトもできないので、先輩たちとランチ、ディナー、飲み会に誘ってもらえばお金も節約できます。就活の話も聞いてご飯も食べれて、幸せじゃないですか? あとは、ひたすら自己分析し、時間をかけました。そして多くの人に面接練習をしてもらうことで、面接に対する苦手意識をなくしました。むしろ、人と話すことが楽しくなって、就活自体楽しめるようになりました。 どこを受けるにしても、時間の使い方は重要だと思います。同じ時間を過ごすなら、二倍も三倍も得したほうがよくないですか?私は常に最も効率よく、かつ、自分のためになるように行動し、早期内定を獲得しました。

   

誇れることを教えて下さい。


目標に対する努力の継続力、根性です。その理由は、大学入学時全治1年の怪我をして同学年が活躍する中、自分がチームの勝利に貢献できない悔しさを味わいました。この悔しさをバネに私は、必ずチームの勝利に貢献できる存在になると決心し2つの行動をしました。1つは怪我の克服のため食事の改善。トレーナーの下、怪我をしない体づくりを目標に毎日トレーニングをしました。その結果LBMという筋肉量の数値でチーム一番になりました。2つ目は私がどのようにチームの勝利に貢献できるかチームを分析しました。チームには外角からのシュートを得意とする選手がいないため勢いをつくれずに苦しい展開、あるいは敗戦というシーンを応援席から何度も観てきました。そこで私は、自分の武器である3Pシュートをより磨くことで、チームオフェンスのひとつのオプションとなり、チームに流れを引き寄せ勢いづけることができる存在になれると確信しました。復帰をしてからは自分の武器である3Pシュートに磨きをかけることに全力で取り組みました。そして私は、自ら試合出場の機会を勝ち取り、外角シューターとして初の都民大会ベスト4に貢献することができました。この経験から目標に対する努力の継続力、根性はだれにも負けない誇りだと思っています。

座右の銘を教えて下さい。


私の座右の銘は「とりあえず行動」です。まだやってもないのに、できるできないを判断するのは好きでじゃないです。なぜそう思うかというと、私は学生時代、アルバイトでバイトリーダーをしていました。掛け持ちでやっていましたが、ありがたいことに私の接客や人柄を気に入ってくれたお客様が多くいてくれ、アルバイトでは異例の、社員と同様売上での給与になりました。毎日いるわけではないので、確かに不利でしたが、私はそれを言い訳にしたくないのであらゆる策を練りました。休みの日にもお客様と会い、新規のお客様との交流できる場に参加し、絶対結果を出してやろうという一心で日々過ごしていました。多くの社員の人には、お前は学生だしバイトだから無理だよと言われながらも私は一年間それを続けました。そして給与形態が変わって半年後、私はお店での売上で一番になりました。この経験から、無理とは思わず、どうやったら成功するのかを考え、まずは行動することの重要性を経験から学びました。まずは実行してみないと、結果はわかりません。行動しなければ可能性は0、可能性がある限り私は行動しつづけます。

DYMを選んだ理由


私がDYMを選んだ大きな理由は、人です。ありきたりな答えかもしれませんが、本当にそうです。選考途中はそこまで志望度は高くなかったですが、面接を重ね多くの社員の方々と合うことでこの会社に魅力を感じていきました。ベンチャーということで、ひとりひとりの責任感、目指している方向、広いビジョンを持っていて、いつの間にかそこに共感し入社しました。バスケットでもそうだったように、組織が目標は各々違えど、同じ方向に向かい切磋琢磨する環境に非常に魅力を感じました。そしてそのような組織は強いのも実感しました。やらされるではなく、皆が自らやる、欲をだして必死に取り組む組織。大手企業にはないこの雰囲気、環境こそ自分を成長させてくれると思ったことも理由の一つです。また、プロセスも大切だけど、結果が一番。単純明階でわかりやすいです。やればいいんです、結果をだせばいい。私も結果を出せるように死ぬ気でやります。そうじゃなきゃここに来た意味がないから。

将来成し遂げたい夢


私の成し遂げたい目標(夢)は、地元の沖縄を活性化させることです。今思っているのは、飲み屋を出したいと思っています。私が経験したことを通して何か還元することができたらなと考えています。そう思った理由としては、人との出会いにあります。地元意識の強い文化が沖縄にはあるので、人とのつながりを大切にします。私は生まれてから高校を卒業するまで18年間沖縄で過ごしました。大学で状況し、標準語もわからない、右も左もわからないまま日々不安と同時にすべてが新鮮だったのを覚えています。そんな中、多くの人と出会い、多くの経験ができました。大学の友人、部活を通して知り合った戦友、アルバイトで知り合ったお客様、会社の皆様、そしてこれからもっと多くの人と出会っていくと思います。キレイ事に聞こえますが、今まで出会った多くの人達に、私なりの恩返しをしたいと思い、ぜひ沖縄に来た時には私のお店に来てほしいです。私が多くの出会いの中で、たくさんの刺激を受け、それがあったから今の自分があると思います。私のお店が、また新しい出会いの場となり、皆が幸せになるようなお店を創りたいです。

一年後の目標


私の1年後の目標は、「会社に貢献できる人材」になることです。貢献の仕方様々あると思いますが、単に利益をあげるだけではなく、誰もやろうとしない地味な仕事や嫌がる仕事を進んでやったり、DYMはイベント毎が多いと面接の際に聞いていたので、各イベントで運営や企画に携わって行きたいです。1つ上の5期生は既に役職者も多く、プレイヤーとして活躍していますし、3・4期生の方々は部門長、マネージャーとして会社の核として活躍しております。同じ土俵で早く戦える様に、これから死ぬ気で頑張りますが、それ以外の部分でも会社にとって付加価値を与えるような人材になります。私は体育会のバスケ部で、周りの同期にくらべても、全然勉強もできません。しかし、不器用なのでその分をカバーする努力・愚直さは負けません。努力したら必ず結果が出る保証はありませんが、活躍してる人は必ず努力しています。結果がついてくれば良いですが、それ以前に取り組む姿勢では誰にも負けないようにこの一年は戦っていきます。社会人は最初の3年が重要と良く言われるので、最初の3年の最初の1年目にどれだけ本当の社会人に近づけるか、この一年が今後のキャリア形成に大きく影響すると思いますので死ぬ気で振り切っていきます。