DYM

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出身大学 / 立命館大学 文学部

文武平等

誇れること


  • 運動神経
  • 美的感覚
  • 反射神経

私の学生生活

     

大学生活は人生の中で野球を通して一番人間的に成長した時期です。1回生の入学時は悪いことばっかりして、最初の一年間はほぼ草むしりをしていましたし、授業にもいかずパチンコばかりして夜は飲み歩いていました。そんな毎日を送っていると野球ができなくなっており、2回生になって野球を真面目にやることが恥ずかしく思うようになりました。エラーをしてもグローブのせいにしたり、三振をしても審判のせいにするようになっていました。真面目にやればセンスあるのになと言われる環境に満足していました。そんな自分が嫌になり3回生からは真面目に一から体づくりから初めました。すこし成果もでましたし、メンバー争いにも名前を連ねました。また、大学野球は上下関係も厳しく礼儀作法や先輩への付き合い方なども学びました。理不尽なことばかりでしたが、この経験をした私はどの環境でも強気に生きていけると自信を持っていますし、誰よりも度胸があると思っています。

人生で最も頑張ったこと


小学校1年生から続けていた野球です。野球は私の人生そのものであり、野球がなければどんな人生になっていたかわかりません。小学校の時は何も考えすがむしゃらにやっていましたが、中学に入ると野球より遊びの方が楽しいと思うこともありました。高校へは野球推薦で入学しましたし野球を続けていてよかったと感じています。大学も自分の学力では入れないような大学に入学することができました。また、16年間も野球をやってこれたのは、野球が好きだからですし、高校以降は、毎日どのようにしたらボールを遠くに飛ばすことができるか、ボールを早く投げることができるかなど研究し実践しました。いつどんなときでも野球のことを考えていましたし、プロ野球選手のYOUTUBEなどは全て見ました。同じ体格でも肘、手首の使い方など細かい部分で実力が変わってくるので何度も何度も自主練習をしました。このように私という人間は野球を通して成長してきました。

就職活動中のエピソード


就活中は、学ぶことがかなり多かったです。私は知らないことだらけで、企業説明会はほぼ全ての業界に行きました。入社する意欲が全くないとこにも行きその会社、業界がどのようにして発展してきたのかなどを知れるいい機会だと思っていました。就活を始めた1月は大手企業しか見ておらず、証券業界に入りたいと思っていました。しかし、中小企業の社長の話を聞きに行くことが好きになり毎日大阪で話を聞いているたびに中小、ベンチャー企業に興味をもちました。4月あたりには中小、ベンチャー企業に絞っていました。この経験は人生に一度しかできないことだと思いますし、短期間で様々な知識が得られて楽しかったです。しかし、結局面接を受けたのは5社で面接に落ちたことがないということが自慢です。すべての企業が私を評価してくれたので、今までやってきた生き方は間違っていなかったのかなと優越感にひたっていました。面接に言ってもあまり緊張したことがなく、スムーズに話せることが良かったのかなと思っています。

   

誇れることを教えて下さい。


私の誇れるところは体力と体の強さとメンタルの強さです。私は高校の頃、無遅刻無欠席無早退を3年続け、特別皆勤賞でした。それも高校時代野球部の監督が厳しく、熱が40度あっても他人に弱ってる姿を見せるのは男として情けないという教えから来ており、40度あっても全力疾走をしていました。骨が折れていても試合に出ていましたし、人と気合の入り方が違います。そんなことから私は風邪を引いていても強いですし、大抵のことは耐えられます。メンタル面でも現在DYM1のメンタルだと思っています。どんなことがおきようと前向きに生きていく自信がありますし、上司に何を言われても前向きに取り組むことができます。これは、大学野球部の先輩が理不尽すぎて、要求がむちゃくちゃだったので、誰よりも自信があります。人が耐えれないような理不尽にも耐えてきたのでそういう面は私が一番強いですし、この3点は誰にも負けない私の誇れるところであります。

座右の銘を教えて下さい。


私の座右の銘は【死ぬこと以外はかすり傷】です。足の骨が折れても歩く方法を考え、目が見えなくなっても耳を人一倍使ってカバーするなど死ぬこと以外は何か考え改善する方法があり、それを考えるんだと言う気持ちが込められています。また、何をしても失敗しても誰かに殺されるわけではないので、前向きに努力しチャレンジしようという意味が込められています。失敗しても死ぬわけではないですし取り返せばいいと思っています。人に対する評価を積み重ねることは難しく長いですが、失敗した時の対応力の速さなどその後のカバーの仕方で人は成長すると思うので、落ち込んでいる暇はないと思います。なので、どんな失敗をしても殺される以外は全て大したことではなく、常に笑顔で前向きに次の方法を考えようと心がけております。仕事においてもできるだけミスは少ないほうがいいですが、そう思って小さくまとまるのではなく、どんどん失敗してもいいと思って挑戦し続けたいです。

DYMを選んだ理由


私がDYMを選んだ理由は、川上敏和課長代理に惹かれたからです。最初の社長壇上セミナーで社長のおもしろさや事業内容、企業の雰囲気が良かったことはもちろんですが、川上課長代理にあって最後は決めました。理由は、影響力のある人間になりたいとその時思ったからです。就活は人生の分岐点でもありますし、重要なことだと思います。その大きな決断をまだ20代前半の人ひとりで変えてしまうほどの影響力を持っている川上課長代理はすごいと思いましたし、私もこのようになりたいと思いました。会社の名前などで勝負するのではなく、一人の人間として大きな仕事をしたいですし、お客様にこの人ならと言ってもらえるような影響力のある人間になりたいと思い入社しました。そのほうが成長スピードも早いと思いますし、若くして身に付く力が半端じゃないと思っています。他の会社では40代でやるような仕事もDYMでは20代ですることができ、魅力しかなかったことを覚えています。

将来成し遂げたい夢


このDYMを世界で誰もが知っている会社にすることです。他の会社で働いたことがないのでわからないですが、このような大きいことを社員全員が本気で思っている会社は他にはないのでは無いと思います。また、これを夢と捉えているわけではなく現実的に絶対やれると思っている企業は他にないと思います。そのために私はまず1年目売上1億と新人賞、係長の役職をつけること。3年後には主査になり、その年に海外で支店長になれるようなスキル、英語力を身につけておくこと。5年後には海外で支店長になること。10年後には世界で有名になる人材になること。そして、老後は南の島に移住しとてつもなく大きな海沿いの家で毎日ゴルフやサーフィン、ドライブなんかをしながら遊んで暮らせるような男になりたいです。そのために今与えられた仕事のみをこなすのではなく、小さくまとまらずどんどん新しいことに挑戦し、様々なことに興味を持ち、自分の可能性をひろげていくべきだと感じています。

一年後の目標


僕は新人賞を取ります。まずは新人賞を取って目立ちたいです。また、部署から新人賞を出すというのが、川上課長代理との約束でもあるのでやります。部署では川上課長代理、山川主査が新人賞を取っていますので、僕も新人賞を取り、優秀な人が多い部署だと思ってもらえるようにやります。近い将来研修事業部を拡大させ、新卒が10人、20人入ってこれるような組織を作ります。そのためにまず自分の仕事を行い、すごい成果を上げます。また、新人賞を取ってみんなから井崎は仕事できるね、かっこいいねと言われるような男になります。そうして影響力の強い大人になって、会社全体から研修事業部に入りたいといってもらえるような事業部にします。まずは自分を鍛えるためにに勉強も頑張ります。さまざまな社長様と経済や社会について雑談できるようになります。僕はしょうもない雑談しか出来ないので、レベルの高い会話が出来ればかっこいいからです。英語も話せるようになります。そうしてDYMに必要な人材になります。頼られる男になっていきます。はやく認めてもらえるように、ズバ抜いた成績を出します。そのために今年一年、なんでも仕事はやりますし、自分からどんどん考え、行動し、実践していきます。今後もベンチャースピリッツを持ち続け精進していきます。何卒宜しくお願い致します。