DYM

-2016年新卒内定者紹介サイト-

出身大学 / 立命館大学 文学部

水谷越え

誇れること


  • ポジティブ
  • 我慢強さ
  • この会社で働けること

人生で最も頑張ったこと

     

毎日頑張ってきました。その瞬間瞬間で自分の役割は何なのか。どのように行動するべきなのか。小さいことではありますが毎日神経使って生きてきました。小学校の頃から大学まで野球をやってきました。理不尽なことしかありませんでした。しかしどのようにやったらこの日常を楽しめるか考えて生きてきました。なので人生で一番頑張ったことはどんな状況でも人生を楽しもうとしてきたことです。とても抽象的なことですが本当に頑張ってきました。気づいたらどんな状況でも楽しんでやってきました。簡単なことのようで簡単ではなかったと思います。特に努力はしていませんが、ずっと意識してやっていくということは大変だったと思います。いろんな経験をしてきて、いろんな修羅場がありました。しかしなんとか乗りきってここまでやって来ました。人生で1番頑張りました。勝手に身についた能力かもしれません。勝手に自分に与えたミッションかもしれません。しかhし、この能力に関しては日本代表レベルであると自覚しています。

私の大学生活


私の大学生活は、アルバイトと部活動中心でした。部活は硬式野球部に所属していました。部員数が150人を超え、とても上下関係が厳しい部活でした。やめようと思ったことはなかったですが、野球を楽しいと思ってやっていた期間は最後の一年くらいだと思います。入学してずっと雑用をやらされ、誰よりも早くグラウンドに呼ばれ最後に帰らされる。そして家に帰ってからも先輩に呼ばれていました。プライベートの時間は睡眠している時くらいでした。しかしここで上下関係を学び、先輩とどのように接したらよいかということを学びました。試合にも出場することができましたし最終的にはとても良い経験となりました。アルバイトは京都・祇園の会員制のスナックで働いていました。会員制のためお客さんのレベルが学生では理解できないような方々ばかりでした。テレビで見たことがある方、この人朝の新聞に載ってたなという方、自分が働けるレベルの店ではありませんでしたが徐々に慣れていき楽しみながらやることができました。いつか私もあの場所でお客さんとして遊べるような人間になります。

就職活動中のエピソード


私の就職活動は2ヶ月位で終わりました。期間は3回生の1月から3月です。最初はできるだけ大きい会社に行ってたくさんお金を稼ぎたいと思っていました。しかしある合同説明会でこの会社に会いました。ブースにはその時誰も座っていませんでした。私は、とても楽しそうな会社だなと思っていました。しかしやっぱりやるからには大手に行ってやっていこうと思っていました。面接では受かってもどうせ行かないし練習だと思って受けようと思っていました。自分のいいたいことをなんでも言いました。ストレス発散しているかのようにガンガンやっていました。しかし、面接を受けていくたびにありのままの自分でやっている面接がとても楽しかったです。他社の選考の時は自分を偽っていました。偽ってでもいいから入社した位という思いがあったからだと思います。しかし入社することがゴールではないことに気付きました。入社して活躍するべきとこに行くべきだと思いました。他の内定も選考中の会社も断り、内定をもらい次第DYMに入社を決めました。

誇れることを教えて下さい。


私の誇りは両親です。今まで何をするにしても応援してくれましたし、支援してくれていました。わがままを何でも受け入れてくれ、食べ物や物まで何不自由なく生活してきました。私は大学までこの生活が当たり前だと思っていましたし特に特別感謝するといったことはなかったです。しかし、大学生になり一人暮らしを始めめました。それまでは家に帰ればご飯があって、洗濯してもらってと何も自分でやっていませんでした。一人暮らしになってすべて自分でやるようになりました。というよりもやらなければ生きていけないので無理矢理でもやりました。どんだけ自分が恵まれていたのかということを大学で実感しました。両親に少しでも恩返しができるようにこれから頑張っていきます。また自分が親になった時にしっかりと自分の子供に対して私がやってもらったことをできるように努力していきます。今の自分の考えや生き方は親によって形成されたと思っています。何もまだできていない自分が何かを成し遂げて誇られるような息子になれるようにやっていきます。

座右の名を教えて下さい。


私の座右の銘は「寝れば治る」です。単純に寝ることが好きということもありますが、それだけではありません。今まで22年間生きてきて、辛かったことや嬉しかったことなど様々な感情があります。私は感情のままに人生を途中まで過ごしていたと思います。しかしそれではもったいないような気がしました。その一日の感情はとても大事ではありますが、その日その日でしっかり反省、精算してやっていくことが重要であると考えています。寝たら体力的には回復します。しかし感情はそんな簡単にコントロールできるものではないです。しかし私は成功しても失敗してもその日のうちに寝る前に精算するようにしています。そうすれば毎日が新鮮であり、モチベーションによって左右されることはなくなると思っています。毎日が勝負となっていきます。自分がこれから理想としている人生を達成していくためには、元から有ったもではないですしこれを座右の銘にしている人はほとんどいないと思いますが、支えとしてやっていきます。

DYMを選んだ理由


水谷社長に惹かれたからです。また社員の方々にも惹かれました。まず説明会でとても癖の強い社員をみて楽しそうな会社だなというふうに思いました。この人だけなのかと思っていましたが、色んな人にあっても一人ひとりがちゃんと考えを持っていて個性がとても強いなと思いました。そんな社員をまとめている社長はどんな人なのかと考えたとき想像もできませんでした。しかし自分が想像できないような領域に達している人でした。とても振り切っているし、社員や会社を誰よりも信じ、大切にしていました。私は就職活動ではたくさんお金が稼げるような会社に行きたいと思っていました。しかし今思えばなにも目標がなくただただお金がほしいということでした。水谷社長にあってからこの人を超えられるような人間になろうと思いました。今の私の目標は水谷社長を超えることです。そのためにこの会社に入ってまず結果を出したいと思いました。また、水谷社長にはまだまだ届かないですが、超えられない壁や目標はないと思い込みひたむきにやっていけるこの環境にも惚れました。

成し遂げたい目標


私の夢は50歳で引退・そして水谷社長を超えることです。多くの人は定年まで必死に働くと思います。私はそうではなく50歳で働くことをやめ、遊び倒したいです。人の二倍働いて人の三倍遊べと水谷社長が言いますが、私は今のうちに人の5倍働いて、10倍遊びたいです。たった一回きりの人生なのでどっちかに極端に振り切るのではなくどっちとも極めます。50歳になった時に惜しまれながら、周りに反対されながらやめていけるよう努力していきます。水谷社長を超えるというのは、ある意味ここまで自由にやっているようにみえて、周りをしっかり見てる人はなかなかいないと思います。ある意味こんなに自由に生きているのにトップに居るというのはすごいことだと思います。ここまで人に影響力を与えられる人間になります。お金・信頼・能力・頭のキレ・人望。絶対に追い越せるようにやっていきます。自分が死んだ時に、四十谷追悼の番組が放映されるような影響力のある人間になります。